ろーだいありー

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やはり『超力兵団』の第拾話は問題作であると思った話。

これは、本来はサブブログの方で書くような話ではあるが、今回はこちらで。

今日は、いずれ書くであろう「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」第八回目のために、また『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』(以下『超力兵団』)を再開して(サブブログで書いたが、最初のディスクは傷でダメになったらしいので、後に買った二枚目を使用)、第九話終了後のデータを読み込み、再び「第拾話・帝都炎上!」を一通りプレイした…、のだが、少し手間取って時間がかかった。今夜は、TOKYO FMで大槻ケンヂさんが出るのを楽しみにしていたというのに、ゲームを継続しながら(音声はオフ)、ラジオを聴くことになったという…。

ちなみに…、葛葉ライドウの本名は何と付けたか、というと…、これを見ていただければ…(笑)。

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これは私の持っているPS2用メモリーカードの一部で、実際は七枚ほど駆使して『超力兵団』をやっているわけだが(『超力兵団』では、メモリーカード一枚につきデータ十個までしか取れないし…)。

 

それで、この「第拾話・帝都炎上!」についてだが、詳しくは「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」第八回目に譲るとして、少しだけ言っておくと、第拾話の展開とセリフを総合して考えるに、「製作者が、プレイヤーの子どもや若者たちに、何かを伝えようとしている話としか思えないが、問題はそれがかなり『間違った方向のメッセージ』なのではないのか…?」と思えるのだ。それは、言うのもおぞましいが「新しい歴史教科書をつくる会」(「つくる会」)のメンバーが、子どもたちに伝えようとしているメッセージと似たものを感じてしまうのである。

なぜそう思ったかといえば、この話で味方の「鳴海」が言うセリフに、何か引っかかるものがあったから。これは非常に重要である。もし実際にプレイ出来るなら、全てじっくりと見て欲しいものだ。とは言え、「歴史認識問題」、「歴史修正(改竄)主義」、「つくる会」、「日本会議」、「自由主義史観」などの問題点について理解していないと、深い意味は分からないかも知れないが。

続きは「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」第八回目をお楽しみに、ということで!

おっと、その前に、「はてなブログプロ」の方に切り替えている可能性もあるけど。