ろーだいありー

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「ヤタガラスはなぜ怖ろしいのか」の方針

このブログで連載中の「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」シリーズの第九回目は、まだ準備中につきしばしお待ちを。第八回目を宣伝しておこう。


lucyukan.hatenablog.com

 

それで、今回はこの「ヤタガラスはなぜ~」シリーズの方針についての解説をしようと思う。

このシリーズを書く理由のひとつは、「はじめに」に書いてあるように、右派論客による「歴史修正(改竄)主義」に抵抗するため、でもある。私がこのシリーズで重視しているのは、あくまでも「科学により実証された史実」であり、「新しい歴史教科書をつくる会」の掲げる「自由主義史観」(「歴史は科学ではなく、国民のための物語である」、というのがコンセプトらしい)などは認めない。「史実」を元に、『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』(以下『超力兵団』)というゲームで描かれる「日本史」を点検してみるのが基本的な方針である。

「所詮ゲームなんだから、どんな歴史観を使ってもいい」という風潮があるとすれば、それを打破したいとも思っている。子どもたちもプレイするものであれば、「日本の戦争は侵略ではない」などの、右派の好む歴史観を取り入れてはならないのだ。フィクションであれば、多少は歴史に「嘘」を入れても構わないが、「若者や子どもたちの歴史観を歪めるような嘘」は、入れてはいけない。特に「日本の近現代史」を扱う場合は。

『超力兵団』が発売された2006年、及び続編の『デビルサマナー葛葉ライドウ対アバドン王』が発売された2008年より、現代の方が「歴史修正(改竄)主義が浸透している」傾向が強いと感じる。「日本の近現代史」を扱ったゲームを作る場合、そのことをよく考える必要があるだろう。若者たちが「歴史修正(改竄)主義」にハマるきっかけとなるようなゲームは、作ってはいけないのだ、と私は考えている。