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他の本を参照して『「歴史認識」とは何か』を検証する

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『「歴史認識」とは何か 対立の構図を超えて』(大沼保昭著 聞き手・江川紹子/中公新書)をレビューし続けてきたが、今回は最近読んだ、別の日本軍「慰安婦」問題関連本を参考にしつつ、この本の日本軍「慰安婦」問題に関するページの問題点・おかしな点を書いてみよう。やはり、この本だけでは分からない事が多すぎる。

まず『「歴史認識」とは何か』では、大沼保昭氏(2018年逝去)はこのように語っている。これは以前紹介した、「インドネシアで“女性のためのアジア平和国民基金”(以下「国民基金」)のうち、国庫から出したお金で『老人福祉アパート』を建ててあげた」という話からの抜粋。

(前略)アジア女性基金が償いの対象として考えた最後のケースはインドネシアの元慰安婦ですが、インドネシア政府が被害者の特定に消極的で、個々人への償いは実施できませんでした。結局、インドネシア政府の要請に従って、各地に老人福祉アパートを建て、元慰安婦を優先的に入居させるという生活基盤補償になりました。わたしも四ヵ所ほどのアパートを回って入居している元慰安婦の方々と会いました。(後略) *1

一見するといい話のようだが、 『歴史と責任 「慰安婦」問題と一九九〇年代』(金富子・中野敏男編著/青弓社)を読むと、どうも多少事実と異なるのではないか、と思った。

一方、インドネシアに対しておこなわれた高齢者福祉事業は、十ヵ年計画で政府資金三億八千万円を拠出して六十九の高齢者福祉施設を建設した。しかし、ほとんどの施設に「慰安婦」入居はなかった。(後略)*2

大沼氏は「元慰安婦を優先的に入居させる」老人福祉アパートを「国民基金」で建てたと言っているが(ただし「どれだけ建てたか」は具体的に書いていない)、別の本にはそのアパート(六十九棟建てたと具体的に書かれている)には「ほとんどの施設に「慰安婦」入居はなかった」とある。「元「慰安婦」女性の入居はほとんどなかった」のが真実だとすると、「元慰安婦を優先的に入居させる」というのは建前だけだったことになる(または初めから「元「慰安婦」を優先的に入れる」という約束すら無かった、とも考えられるが)。大沼氏は「四ヵ所ほどのアパートを回って入居している元慰安婦の方」と会ったと書くが、もしかすると「六十九棟建てたアパートのうち、その四ヵ所ほどにしか、元「慰安婦」女性が入居してなかった」可能性がある。この場合、大沼氏は六十九棟すべてのアパートを訪ね、どれだけの元「慰安婦」女性が入居しているのか確かめてから書くべきだろう。たとえ確かめてあったとしても、あまりの少なさに愕然とし、わざと都合のいいように書いた、とも思えるが。

なお、大沼氏の仲間の和田春樹氏(国民基金の中心人物の一人)の本にはこうあるので、参考までに引用する。

事業の終わるころから、インドネシアで慰安婦問題をとりあげてきた女性議員ヌールシャバニと話し合い、慰安婦被害者を入居させる特別の高齢者施設の建設を事業計画に入れることになりました。インドネシア社会省も好意的に対応してくれて、最終年度に四つの施設がブリタール、バンドゥン、チマヒ、パルスアンにつくられました。うちブリタールの施設は慰安婦被害者だけが入居するものでした。*3

「慰安婦被害者を入居させる特別の高齢者施設」とある本、「各地に老人福祉アパートを建て、元慰安婦を優先的に入居させる」とある本、「ほとんどの施設に「慰安婦」入居はなかった」とある本…。どうも食い違いが多いのだが、これはどういうことだろう。

さらにこのインドネシアのケースだが、大沼氏が『「歴史認識」とは何か』より前に書いた本『「慰安婦」問題とは何だったのか メディア・NGO・政府の功罪』(大沼保昭著/中公新書)ではこう書かれていた。

アジア女性基金のインドネシア担当者はこれまで建設された施設をほぼすべて訪れ、入居者と接触し、話し合いをもってきたが、そこから元「慰安婦」と確認できたケースはごく一部にとどまる。わたし自身、二〇〇二年二月にインドネシアの三施設を訪れ、できる限り多くの入居者と話し合いを持ったが、元「慰安婦」が入居していると確信できたのはスラウェシ島の僻地に建設された施設だけだった。(中略)しかし、それ以外の施設では、インドネシア政府担当者自身、入居申請にあたって元「慰安婦」ということを確認しておらず、インタビューからも元「慰安婦」と確認することができなかった。*4

あれ? 同じ人が書いた本なのに、『「歴史認識」とは何か』では「各地に老人福祉アパートを建て、元慰安婦を優先的に入居させる」とあったのに、ここでは入居者が「元「慰安婦」と確認できたケースはごく一部」とあるのはどうしたことか…。さらに和田氏の「慰安婦被害者を入居させる特別の高齢者施設」とも矛盾しているのだが。

ちなみに和田氏は大沼氏と違い、「基金が失敗した理由」を冷静に自己反省することを試みてはいるようだが、しかし「基金の事業を受け止め心の安らぎを得た人が居るのに全否定するのは正しくない」*5みたいなことも言っているので、やはり「基金を褒めたい」のは間違いない(しかし韓国の人などは心を引き裂かれた人も多いのに、よくこんなことが言えるものだと思う)。だが前も書いたが、「悪いことも多かったが、一部は救われたから良かった、だから基金は正しい」というのは、「植民地支配で日本はいい事もした」なんていう右翼本の書き方と似ている。和田氏の本も、自己反省の本に見えるが、本当は「和田ハルキスト」(和田氏の支持者をこう命名する)と基金の支持者に「基金は正しかった」と安心させるために書いたのだろうけど…。この本に関しては、また別に批評したいと思う。

また、そもそも大沼氏が「国民基金」を作ったのは、「本来は世界に誇れる日本が、たまたま犯した過ちを、日本人として誇りをもって償うため(「日本人の誇りを取り戻すため」というのに近いと感じる)」であるらしい。*6つまり元「慰安婦」女性のためというよりは、日本人のため、ということか?  これでは、理解は得られないだろう。「国民基金」が受け入れられなかったのは、やはり「国民基金を作る側の思想・基金の理念そのものに問題があったから」である可能性が高く、「基金の理念の伝え方に問題があったこと、宣伝がまずかったこと、韓国マスコミが正しく報道しなかったこと」が主要な原因とは考えられない。

国民基金は、元「慰安婦」女性のためではなく、実は「日本人の誇りを取り戻すために作った」のだとすれば、これまたさっきの話と似てくる。「日本人の誇りを取り戻すために基金を作り、韓国には怒りや悲しみをもたらした。だが結果的に一部の人は良かったと言ってくれたから、基金がやったことは世界に誇り得るのだ。だから韓国はもっと評価すべきだ」というのが大沼氏の本心なのか?  日本人の勝手な思惑で、韓国に怒りや悲しみをもたらしながら、「もっと高く評価しろ」とは厚かましいだろう。

また、「日本人の誇り、世界に誇れる日本」といった言説は、右翼・極右の人たち、「新しい歴史教科書をつくる会」や「自由主義史観」の人たち(歴史修正(改竄)主義の人たち)、安倍首相及び保守政治家、「日本会議」の人たち、「日本スゴイ」論者の言説などとそっくりなのは、もうお分かりではなかろうか。思った通り、大沼氏は「ナショナリスト」、「マッチョ」、「セクシスト」という面があることは理解した。大沼氏は歴史修正(改竄)主義者は嫌っているようだが(しかしかの「秦郁彦」氏の会見に、大沼氏が同席していたのはいったいどういうことなのか…?)、言ってることはなぜか彼らと似ているのだった…。

大沼氏の歴史観では、「戦後日本はちゃんと戦争責任・植民地支配の責任を取って謝ってきた立派な国だ」ということになっていると考えられるが、まずこの「戦後日本の歴史観」自体が誤りだと思う(このような認識は別に大沼氏に限らず、日本人の間では広くあるようなのだが…)。戦後の日本国家はとどのつまり、「表向きは昔のことを謝る、しかし法的責任は認めない」という形での「いい加減な謝罪」しかしてこなかったし、日本国内では歴史修正(改竄)主義と右傾化が広がる状況を見れば、「どこが責任を取ってきた立派な国なんだ? 責任逃れを繰り返してきた卑怯な国ではないか! それだから、他国から繰り返し非難されるのは仕方ないのだ」としか思えない。「ちゃんと謝ったのに、他国が繰り返し戦争責任・植民地支配責任を追及してきたことが、日本の右傾化・嫌韓嫌中ブーム・歴史修正(改竄)主義蔓延の原因」と大沼氏たちは思っているようなのだが、これも間違っていると思う。「他国に謝りたくないから、日本の歴史を改竄して戦争などを正当化してしまおう」と考えた人間たちが右傾化した(歴史修正(改竄)主義者になった、嫌韓嫌中派になった)、という方が正しい気がする。

それとこれも根本的なことだが、「戦後日本は戦争責任などに誠実に向き合ってきた」説が正しいとするなら、そもそも日本軍「慰安婦」問題は「国民基金」が立ち上がる以前に、とっくに解決しているはずではないか? つまり、「本当に日本が誠実な国であれば、被害女性が名乗り出る前に(元軍人などの話を聞けば、「慰安所」があったことぐらいはすぐ分かるだろうから)、日本軍『慰安婦』にされた女性たちを捜し出し、日本政府が謝罪するなり補償するなりしていた」はずなのだが。実際の日本国家は、そんなことはしなかったわけだから、「国民基金」なるものを作ったのであって…。

私が「国民基金」をほとんど全否定するのは、これがあるせいで「嫌韓思想の人、ネット右翼、右翼、保守政治家たち」が思い上がる・つけあがる原因を作ったからだ。「日本は必死で謝り金も出そうとしたのに、韓国はこの基金をなぜ感謝しないのだろう。それは韓国人は恩知らずだからで…」というような。この「国民基金」は、良かれと思ってやったことであっても、残念ながら結果的には「嫌韓」を加速する要因のひとつになってしまったと考えている。大沼氏は「嫌韓ブームの原因は基金に反発した韓国に驚き、日本人が怒ったから」*7などと、韓国が嫌韓ブームを作ったみたいに言うが、それは間違いだろう。「嫌韓ブーム」を作ったのは他でもない、日本人だ。

大沼氏は、特に韓国では基金が失敗した原因を他のもの(特に韓国社会や元「慰安婦」支援グループなど)に押し付けるし、この本の日本軍「慰安婦」問題ページにはいろいろおかしな点が多いが、なぜこういう本ができたのか考えてみよう。一種の仮説として…。

「国民基金を作れば、みんな喜んでくれるだろうという勝手な思い込みがあった」→「しかしそれが幻想だったと知って失望する」→「失敗の原因は自分らにあると思ったとしても、そう書きたくないというプライドが生まれる」→「それなら韓国のせい、支援者のせい、マスコミのせいということにしよう。たとえそうではなかったとしても」→「そうするには自分らに都合の悪い事実・歴史は書き換えなければいけない」、…ということで、こういうどこかおかしな本ができた…と。こう考えると、歴史修正(改竄)主義者と同じ手法を使っていると分かるだろう。

それともう一点気になるのは、この本の書き方だと「日本国民の多くは国民基金とお詫びの手紙を支持・評価したのに、韓国人の多くは支持・評価しなかった」というように読めるのだが、これは正しくない。実際は日本でも、日本軍「慰安婦」問題を真剣に考える人々からの抗議・批判は多かったのだ(今でも多いだろう)。「いい加減な『償い金』と『お詫びの手紙』だけで解決しようとするのか? さらに、基金関係者のやり方・考え方もおかしい」といった声は、確実に日本国内でもかなりあったはずだ(実際に民間より集まった寄付金がそんなに多くないことを考えれば。無論、右翼も募金しなかっただろうが)。それは「無かったこと」にするのか?

「国民基金」を(無理やり)褒めるとすると、「政府に「慰安婦」問題解決を打診したこと・話し合ったことは良かった」ということだけだろう。だが、「この事業は反発が多く失敗しそうだ」と気づいた時点で、プロジェクトは中止する方が賢明だったのかも知れない。それには気づかなかったとでも?

参考・引用文献

  • 『「歴史認識」とは何か 対立の構図を超えて』(大沼保昭著 聞き手・江川紹子/中公新書)
  • 『歴史と責任 「慰安婦」問題と一九九〇年代』(金富子・中野敏男編著/青弓社)
  • 『慰安婦問題の解決のために アジア女性基金の経験から』(和田春樹著/平凡社)
  • 『「慰安婦」バッシングを越えて 「河野談話」と日本の責任』(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター編/大月書店)
  • 『アジアの声・第11集 私は「慰安婦」ではない 日本の侵略と性奴隷』(戦争犠牲者を心に刻む会編/東方出版)
  • 『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解き方』(山崎雅弘著/集英社新書)
  • 『「慰安婦」問題とは何だったのか メディア・NGO・政府の功罪』(大沼保昭著/中公新書)

*1:『「歴史認識」とは何か 対立の構図を超えて』(大沼保昭著 聞き手・江川紹子/中公新書)149ページ

*2: 『歴史と責任 「慰安婦」問題と一九九〇年代』(金富子・中野敏男編著/青弓社)41ページ

*3:『慰安婦問題の解決のために アジア女性基金の経験から』(和田春樹著/平凡社)162ページ

*4:『「慰安婦」問題とは何だったのか メディア・NGO・政府の功罪』(大沼保昭著/中公新書)73~74ページ

*5:『慰安婦問題の解決のために アジア女性基金の経験から』179ページ参照

*6:『歴史と責任 「慰安婦」問題と一九九〇年代』8~9ページと45ページ参照

*7:『「歴史認識」とは何か 対立の構図を超えて』130~131ページ参照