ろーだいありー

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『九月、東京の路上で』の批評

『九月、東京の路上で』(加藤直樹著/ころから)の批評。

「関東大震災」の後に起きた「朝鮮人虐殺事件」について、当時の証言などから丁寧に検証しており、「この事件を無かったことにしようとする歴史修正(改竄)主義に対抗する」という試みは評価できる。

しかし本書には、近年の「ネット右翼によるヘイトスピーチ」批判もあるのだが、それはいいとしてもこれに対抗する「カウンター」連中については、基本的に賞賛しかしていない点は不満である(この手の「ヘイト批判本」は大抵そうなのだが)。

無論、ネット右翼のヘイトスピーチを批判するのは必要なことであるが、「カウンター」や「ネット左翼」と呼ばれる人々の「暴力性(とあるカウンター集団は「内ゲバリンチ事件」を起こした上にそれを隠蔽しようとした、とされる)・閉鎖性(異なる意見や自分たちへの批判はすべて「ネット右翼の意見だ」として受け付けない傾向が強い)・ネットリテラシーの低さ(断片的な情報だけで判断して、深く考えずに行動する傾向にある)」についても批判されるべきだと私は考える。また彼らは得てして「ネット右翼と戦うという自らの行動に酔い痴れており、自分の中の差別意識には向き合おうとしていないので、他人に対して侮辱的・差別的な発言をする場合もある」ことには警戒するべきであろう(実際そういうのはよく見てきたから。こういう連中とは付き合うべきではないのだ)。

結局のところ、ネット右翼もネット左翼も「自らの正義を振りかざしているだけ」に過ぎず、「やっていることに大差はない」(意見こそ違えども)、というのが私の出した結論である。そして彼らは所詮「右翼もどき」、「左翼もどき」に過ぎないことも言っておきたい。

 

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