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『帝国の慰安婦』(朴裕河著)の批評

『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朴裕河著/朝日新聞出版)について書きたい。これは、以前批評した『和解のために 教科書・慰安婦・靖国・独島』(朴裕河著、佐藤久訳/平凡社ライブラリー)の、「日本軍『慰安婦』問題に関する箇所の続編的なもの」、と言えばいいのだろうか。

この本には批判すべき点が多いのだが、具体的な批判点は『忘却のための「和解」 『帝国の慰安婦』と日本の責任』(鄭栄桓著/世織書房)を参照してもらうとして、今回は『帝国の慰安婦』を読み終わった時に感じたことを簡単に述べる。

筆者の朴裕河(ぱくゆは)氏は、「日本軍『慰安婦』問題解決のために、日本と韓国はどうすればいいのか」、ということを論じたつもりなのだろうが、要は「さっさと恨みを忘れて和解しろ」と韓国人に迫っているだけなのではないか、と思った。

だが、はっきり言ってしまえば、この本は「韓国人が書いたものではあるが、実は韓国人よりも日本人に向けて書かれたものではないか」とも思う。それも、「日本軍『慰安婦』問題のことなど、今の日本人の責任ではない」とか、「かつて存在した『女性のためのアジア平和国民基金』(以下「国民基金」)で、日本は韓国に良くしてあげたのだから、もういいだろう」と思っている(思いたい)日本人に向けてだけ書かれている。あるいは「平和の少女像」など要らない、と思っている人たち向けのようでもある(実を言えば、あの像を批判するのは右翼だけとは限らないのである)。

「国民基金」の中心人物たちを「安心させるため、褒めるため」に書かれたと思われる箇所も存在しているので、どうもそうとしか思えない。特に故・大沼保昭氏に対して。

しかしこの本でもっとも厄介な点は、「なぜか右翼・左翼、保守・リベラル問わず、支持する知識人たちが多い」ということだろう。フェミニストの中にも支持者がいる(上野千鶴子氏など)のも非常に謎なのだが、批判するフェミニスト(北原みのり氏など)もいるわけで…。個人的には、フェミニストならこの本を批判する方が普通だと思うのだが。

参考文献

  • あいちトリエンナーレ「展示中止」事件 表現の不自由と日本(岡本有佳著/アライ=ヒロユキ編/岩波書店)
  • 忘却のための「和解」 『帝国の慰安婦』と日本の責任(鄭栄桓著/世織書房)
  • 帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い(朴裕河著/朝日新聞出版)
  • 和解のために 教科書・慰安婦・靖国・独島(朴裕河著、佐藤久訳/平凡社ライブラリー)