ろーだいありー

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『黒き竜の復活』を「記憶の奥底に封じた」理由が分かったのは、果たして良かったのか?

先日の記事。これは『シャイニングフォース・黒き竜の復活』(セガのゲームボーイアドバンスソフト。ジャンルはシミュレーションRPG。以下『黒き竜』)の問題点を書いたシリーズの最終回。このゲームは『シャイニングフォース・神々の遺産』(セガのメガドライブソフト。以下『神々の遺産』)のリメイク版である。

 

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今回は、これを書き上げたことの感想というか…、あることに気が付いたので書いておく。

このブログを書くと決意する前は、『神々の遺産』のことは長期間プレイしていなくてもよく覚えていたのだが、『黒き竜』の記憶はおぼろげだった。「そういえば、『黒き竜』では一部のキャラクターの設定とかセリフとかが大幅に違っていたような気がする…、しかし具体的にどう変わっていたのだろうか…?」といった感じに。

そして今回、改めて両作品を比較検証して、ようやく『黒き竜』のことをはっきりと思い出したのだ。それがあまりにもおぞましいものだったとは…(詳細は「『黒き竜』の問題点6」を参照)。そう、ずっと『黒き竜』の記憶がおぼろげであったのは、『黒き竜』で見たおぞましいものを思い出さないように、無意識のうちに記憶の底に封じていたからだったのだろう。

今回、その封じていた記憶を呼び覚ましてしまったことになるが、果たしてそれが良かったのかどうか…。やはり思い出すべきではなかったのか…、しかし思い出さなければブログを書くことは出来なかった…、といった葛藤…、難しく言うとアンビバレントは今でもある。

他方で、良かったこともある。「私はもう、『神々の遺産』が一番好きなゲームだった頃とはすっかり変わってしまった…。もうあの頃の情熱は取り戻せないのだろう…」と思っていたが、改めて『神々の遺産』を最初から最後までプレイしたら(現在プレイしているのはWiiのバーチャルコンソール版。現在は配信終了)「いや、私はあの頃と何も変わってなかった…! やはり私はこれが大好きなんだ! 今からでも情熱は取り戻せる!」と気が付いてしまった、ということだ。