ろーだいありー

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「安楽死・尊厳死」について。たとえ「狡猾」と言われようとも…

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最近読んでいる本。主に「安楽死・尊厳死」に関係のあるもの。今はとりあえずざっと目を通しただけだが、じっくり読んだらいずれレビューを書くかも知れない。『死ねない老人』(杉浦敏之)とか『長生き地獄』(松原淳子)とかは面白いタイトルだと思う。

賛成・反対問わずいろいろ読んでみたい…。ただし、私自身のスタンスはここでは明かさない。

だが、あくまで主観ではあるのだが、全体的に「安楽死・尊厳死法制化反対派」の人たちにはどうも「一種の胡散臭さ」を感じることがある(彼らが抱く「危機感」も分からなくはないが、彼らの主張が全て正しいとは思わずに少し疑ってみる方がいいだろう)。ここにある『安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと』(安藤泰至)という本のタイトルにしても、はなから「安楽死・尊厳死」について語ることをタブー視しているような感じである。この本のキャッチコピー「私たちは「よい死」を語りすぎていないか?」も、「より良く生きることを語るのはいいのに、より良い死に方を語ることはダメとでも言うのか?」と思ってしまう。この本の巻末に紹介されている「次に読んでいただきたい本」がたったの三冊しかないのも、バランスを欠いているような気がする。賛成派の本をたくさん薦めると、賛成派が増えるから嫌なのか?

反対派の人たちは自称「人権派」が多いのかも知れないが(「安楽死・尊厳死法制化反対」の本は比較的左派出版社から多く出ているような気がする)、人権派と言いつつ「自分らしく生きる権利」は認めても「自分らしく死ぬ権利」は認めないのは矛盾しているのでは、と思う。また反対派は「自己決定権」という言葉をいくらか嫌うように思うが(「死の自己決定権」など)、それなのに「より良く生きる自己決定権」は認めるのはなぜだろう…。さらに「安楽死・尊厳死の法制化について議論すること」すらタブー視する人も居るように思うが、「議論するとすぐに法制化されてしまう」という危機感があるためなのか? しかし結局は「死」そのものをタブー視し、「長生きすることは無条件でいいこと」と思っているようにも見える(『長生き地獄』という本があるように、長生きが幸せとは限らないと思うが)。あと、反対派の人たちは「本気で安楽死・尊厳死を望む人など一人も居ない、国家や周囲がプレッシャーをかけるから死を望むのだ」という勝手な思い込み・願望もどこかにはあると思う。でもそれは「実態とは違うのかも知れない」、と思った方がいいのでは…。

それともう一つ。主観であるが全体的に賛成派の人は「安楽死・尊厳死法案が出来たらいいな、そうすれば望まないのに無理やり長生きさせられる不幸せな人は減るのに…」という切実な思いから訴えている人が多く、逆に反対派は「絶対に安楽死・尊厳死法案成立を阻止しなければならない!」(成立すると「望まないのに国家や周囲の圧力から死を選ばされる人が増える」、と思っているようだ)という強いイデオロギーから発言している人が多い印象があるのは気のせいだろうか。このように強いイデオロギーを持つ人が書いた本は、「元々安楽死・尊厳死に反対する人たちは称賛するが、最近この問題に興味を持ち始めた人の気持ちを引き付けることは難しいし、賛成派の意見を変えることも不可能な本」になると思うのだけどね(つまり「反対派の人しか読まない同人誌」に近くなってしまう。それはそれで存在してもいいのだが…)。

賛成派にしても、「役に立たない者はどんどん死なせればいい」といった、ネット上では良くありそうな考え方はさすがに「あんたら、どうかしているよ…」としか言いようがないが。しかし賛成派が全てこういう考え方ではないし、賛成派全てが「優生思想」の持ち主ではない、ということには注意する必要がある。

ところで、私はある特定の問題については「ネット上では賛成とも反対とも言わない」ケースがあるが(今回取り上げた「安楽死・尊厳死」のこととか「原発」のこと、「死刑」制度のことなど)、その場合でも自分なりの考えは持っていることが多い(「右派の歴史修正(改竄)主義には断固として抗議する」ことは示している)。だがあえてスタンスを示さないのは、「例え中立派でないとしても、あえて中立を装うことで、『賛成派・反対派』双方の問題点を指摘出来るようにするため」だったりする。

このような態度は、人によっては「狡猾」と思われるかも知れないが、処世術として身に着けたことなので仕方がない。また、私は時として「今までは尊敬していた知識人(特に左派・リベラル派)であろうとも、主にネット上で醜態を晒すようなことがあればバッサリと切り捨てる」という一種の非情さも持っているのでね…。実際、過去にそういうことはあった。誰とは言わないが…。生き抜くためには、時には狡猾にも非情にもなるってことよ。

 

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