ろーだいありー

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さらに「安楽死・尊厳死議論」について書く

昨日の記事。

 

lucyukan.hatenablog.com

 

もう少し「安楽死・尊厳死」に関して、私が思うことを書きたい。なおこのブログ上では、「私は安楽死・尊厳死法制化に反対でも賛成でもない」とだけ答えておく。それから「この問題をタブー視して避けることはしないで欲しい」ということも言っておきたい。

 「自分の死に方は自分で決められるように、安楽死・尊厳死に関する法律を整備して欲しい」と願う「賛成派」の人々と、「安楽死・尊厳死法制化は絶対に阻止したい」と願う「反対派」の人々を観察してみると、「そもそも賛成派と反対派は、同じ日本という国に住んでいても『見ている世界が異なる』ので、それ故にどうあっても相容れない」のではないのか、と私は考えている。

賛成派は「もう生きたくないのに無理やり生かされている老人などが多く居る現実」を見ている人が多く、だからこそ「自分の死に方は自分で決められるようにするべきだ」と主張しているのだろうと思うし、他方で「安楽死・尊厳死したいと願う人、可能な限り長生きしたい人、どちらの望みも叶う社会であって欲しい」と願う人が多いと考えている。

反対派は「障害や病気があっても生きたいと願う人々が居る現実」を見ているため、「この人たちが殺されないためにも、安楽死・尊厳死に関わる法律は作るべきではない」と言っているのだろう。しかし私見ではあるが、反対派の人の多くは「あまりにも苦しくてもう死なせて欲しいのに、自分で死に方を決める法律が無いために無理やり生かされている人々」の存在を見ていないのでは…、と思える。「見えていたとしても、あえて無視している」か、「苦しみぐらい我慢しろ、緩和ケアがあるだろう」(しかし緩和ケアの効果が無い人たちも居るのだが…)とでも言いたげな印象である。

これも私見ではあるが、反対派は何かと「安楽死は優生思想!」、「障害者を安楽死させる計画をナチスがやっていた! 法律を作ると日本でも同じようなことが起こりうる!」、「相模原事件の犯人は障害者は要らないという思想だった!」といった、妙に「刺激的な主張」を繰り返す人が多いと感じるが、いまいち説得力と根拠には欠けると思っている(この人たちの抱く懸念そのものは理解出来るのだが)。しかも賛成派の意見は「全て優生思想から来るものだ」として一蹴しようとする傾向も見られる(全員ではないが)。

他方で賛成派は「私は、『もう生きたくない』と思った時は、尊厳死を望みます。死に方ぐらい自分で決める時代にするべきです。死について語ることをタブー視せずに、真面目に考えて欲しい」といった優しい言葉で主張する人が多いと感じるし、反対派の主張より説得力があると思う。他方で賛成派は、反対意見を一蹴しようとはせず、法律が出来た後の懸念についても理解しており、その懸念を無くすためにはどのような法律にすればよいか、まで考えている人が多いのでは、と感じる。

ただ「賛成派」であっても、さすがに曽野綾子氏(「全ての老人は早く死ね」とでも言わんばかりの人。本人ももうお年を召しているが…)、石原慎太郎氏(典型的な差別主義者と思う)、あの「相模原事件」の犯人のような考え方には賛同出来ないが…。「さすがにそれは、ナチスの考えと変わらないだろう…」としか言えないわけで。

私見ではあるが、「障害者を大切にする、一見優しく寛容そうに見える反対派」の方が不寛容で(「もっと生きたい」という主張は大切にするのに「早く死なせて」という主張は認めないのはなぜなのか…)、賛成派の方が寛容(曽野氏や石原氏などは除く)という傾向が見られるのはなぜだろう…。

 

参考文献

  • 安楽死で死なせて下さい(橋田壽賀子著/文春新書)
  • 長生き地獄(松原淳子著/SB新書)

 

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