ろーだいありー

PS2ソフト『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』の考察記事、ゲームレビュー、ゲームプレイ記録、ブックレビュー、音楽レビュー、コレクション写真、映画評、社会問題批評など。

まずは「性表現」(らしさの性)という概念と言葉を撤廃すべきだ。そうすればトランスの人も、男も女も、それ以外の性別の人も生きやすい社会になるだろう

前も言ったけど、トランスジェンダリズム(トランスカルト)の思想とジェンダーフリー思想は全く違うものだ。簡単に言うと、ジェンダーフリーは「男らしさ・女らしさ」(ジェンダー)という「性別による固定観念」から自由になろうとする思想であるが、肉体的な性別(女には月経があり妊娠・出産機能があるが男には無い、といったこと)については尊重する。トランスジェンダリズムは逆に「男らしさ・女らしさ」を強化し、さらには肉体的な性別さえも無視しようとする思想。

それで、「トランスジェンダーについての理解を深めよう」と言っているサイトを見てみると、よく「性表現(らしさの性)」なんて観念の説明があったりするが、まずこれ自体を撤廃すべきだろう。「らしさの性」とはつまり「男は力が強い、短髪でズボンを履き、青や黒が好き」とか「女は弱くて優しい、長髪でスカートを履き、赤やピンクが好き」といった「性別による固定観念」(ジェンダー)のことに他ならないのだから。

まず「性表現」、「男らしい」、「女らしい」という言葉も、概念も撤廃しろ。そうすればトランスジェンダーの人でも、男でも女でも、それ以外の性別の人でも生きやすくなるはずだ。